執筆:前井宏之(トモニゲート株式会社 代表)
中小企業で部門ごとに最適化を進めても会社全体が良くならないのは、やり方を知らないからというより、見るべき情報が掛け算で増え、分担できる幹部が足し算でしか増えないからです。
部門と部門の間を見る立場にいるのは経営者だけなので、全体を見る役目は経営者にしか担えません。そして、その経営者が一人では処理しきれなくなっています。私自身、かつて率いていたグループで、部門ごとの最適化を高度なところまで進めながら、部門を横断して判断することはできませんでした。その理由を、順にお伝えします。
部門ごとに良くしているのに、なぜ会社全体は最適にならないのか
会社が大きくなれば部門が増え、人が増えます。ここまでは誰でも分かっていることですが、見落とされやすいのは、増え方が同じではないということです。
部門が一つ増えると、その部門は既存のすべての部門と関係を持つことになります。営業の部門が一つ増えれば、製造とも経理とも人事とも関係ができるので、部門が二つ増えたときに見るべきつながりは二つでは済みません。部門は足し算で増えるのに、見るべきつながりは掛け算で増えていきます。
社長が見ているのは部門そのものというより、部門と部門の間です。営業が取ってきた案件を製造が受けられるのか、その支払いは資金繰りに合うのか、その人員は採用が間に合うのか。判断とはこの「間」を見ることなので、社員が2倍になったときに社長の負荷は2倍では済みません。会社が大きくなる速さと、社長が見るべき量が増える速さは、同じではないのです。
部門ごとに良くしているのに会社全体は最適にならない、という感覚の正体はここにあります。各部門の中は整っていても、部門と部門の間に落ちる判断が増えていて、それを見る量が経営者の手に余り始めているからです。
増えた分を幹部に任せれば、済むのではないか
増えた分を人に任せればよいと考えるのが普通で、私もそう考えていました。ところが、それが間に合いません。幹部は採用しても育てても、年単位でしか増えないからです。一人前に判断できるようになるまでには、自社の事情と過去の経緯と社長の判断基準を知る時間が要るので、どれだけ急いでも掛け算では増えません。
幹部を増やすこと自体は正しくて、私が言いたいのは、育つまでの年単位の時間のあいだに、経営者が一人で複雑さを抱えたまま判断が止まってしまう、ということです。
ここで挟み撃ちが起きます。見るべきつながりは掛け算で増え、分担できる幹部は足し算でしか増えないので、その差は開いていきます。そして差が開いていく場所に、経営者が一人で立っています。
複雑さが自分の処理できる量を超えたとき、経営者に起きるのは判断を誤ることというより、判断そのものが止まることです。どこから手をつければよいか分からず、どれが重要かも分からず、全部が重要に見えるので、目の前にある分かりやすいものから手をつけます。複雑なまま残されたものは、判断されないまま先送りになります。
私はこれを、複雑さの前で立ちすくむと呼んでいます。怠慢でも能力の不足でもなく、処理できる量を超えた人間なら誰にでも起きることです。
全体最適が必要だと分かっていても、なぜできないのか
最盛期は、私が率いていたグループ全体で、年商45億円、社員400名という規模でした。振り返って言えるのは、部門ごとの最適化は非常に高度なところまでできていた、ということです。部門長の頑張りの成果です。各部門の会議には数字も対策も揃っていて、幹部から上がってくる提案は、それぞれの持ち場については正しいものでした。私自身「全体最適が必要だ」という考え方も分かっていましたし、幹部にもそう話していました。
できなかったのは、多岐にわたる情報を全部取り込んで、横断的に判断することでした。営業から上がる案件の話、現場から上がる人員の話、経理から上がる資金繰りの話が、それぞれ精度の高いまま私の机に届きます。その一つひとつは判断できても、案件が人員に触れ、人員が資金繰りに触れ、資金繰りが次の案件に触れる、その全部を取り込んだうえで決めるところに、私一人の処理が追いつきませんでした。
知らなかったのではなく、知っていてできなかった。全体最適の話は、そこから始まります。
業務システムにAIが入れば、全体は見えるようになるのか
ここまでは昔からあった構造で、いま問う理由は次の一点にあります。部門ごとの業務システムは、いまAIを積み始めています。営業のシステムは営業をより賢くし、経理のシステムは経理をより賢くしているので、それぞれの領域は確実に高度になっていきます。一方で、複数の業務システムが横断的に手を組んで全体最適を目指すという動きは、見当たりません。
各社を責めるわけではありません。これは構造の問題です。部門ごとの業務システムを作っている会社は、その部門に特化することで成り立っています。
営業のシステムの会社は営業を、経理のシステムの会社は経理を、誰よりも深く掘り下げることが商売の核なので、自社の領域を深めれば製品は売れますが、他社と横断的に組んでもその価値は自社の製品の価値として売れるわけではありません。どの一社にとっても横断は自社の利益にならず、特化して成功した会社ほどそうなります。合理的な判断の結果です。
領域ごとの外部の専門家も、同じ構造の中にいます。税理士は税務を、社会保険労務士は労務を深く掘り下げることで信頼を得ています。求められているのは自分の領域の深さで、深さで選ばれた専門家に、横断を求める人はいません。一社ごとに、一人ごとに正しいことをしているのに、足し合わせても全体は良くならないのです。
その結果として、部門ごとの最適化が進むほど、そこから出てくる情報の量と精度は上がります。経営者の手元にはこれまでより多くの、これまでより詳しい情報が届くようになりますが、それを横断して判断する側の力は何も変わっていません。情報は増えて、判断する力は増えないので、差は広がります。技術が解決してくれるのを待っていると、悪化します。
全体最適とは、結局のところ何をすることなのか
全体最適という言葉は使い古されていて、そのまま使えば何も言っていないのと同じなので、私は次のように定義し直しています。全体最適とは、到達すべき状態のことというより、部門を横断して情報を取り込んだうえで下す、判断の仕方のことです。
この違いは実務に直結します。全体最適を「状態」だと考えると、目指すのは全部門がうまく噛み合った理想の姿ということになります。しかし会社の状況は毎日動くので、その姿には永遠に到達しません。しかも誰がそれをやるのかと聞かれると、「全社で」としか答えられません。前のグループで「全体最適が必要だ」と言っていた私も、誰がやるのかと聞かれれば、そう答えていました。
全体最適を「判断の仕方」だと考えると、話は変わります。目指すのは、今日下す一つひとつの判断を、部門を横断して見たうえで下すことになります。これなら今日の判断から始められますし、やるのは判断する人、つまり経営者だとはっきりします。
誰が担えるのかも、ここで決まります。部門ごとの業務システムはその部門を最適化し、領域ごとの外部の専門家はその領域を最適化します。どちらも自分の持ち場の外は見ませんが、それが役割だからです。部門と部門の間を見る立場にいるのは経営者だけなので、全体最適は経営者にしか担えません。
うちは部門が二つしかないから、関係のない話なのか
大企業の話だといって興味を持たない方もいますが、部門が二つあれば、すでに「間」は生じています。掛け算は小さい数字からでも効きます。営業と現場の二つしかない会社でも、営業が取ってきた案件を現場が受けられるのか、その入金は次の仕入れに間に合うのかという判断は、どちらの部門の中にもありません。部門を分けた途端に社長の仕事が増えたと感じるのは、見るべき「間」が増えたからです。
そこで、今日の判断から始めてみてはどうでしょうか。今日決めなければならないことを一つ選び、決める前に、その判断が触れる部門を書き出します。営業、現場、経理、採用。書き出した部門が二つ以上にまたがっていたら、それぞれの部門から上がってくる話を並べ、部門を横断して見たうえで決めます。全体最適は、その一つの判断から始められます。
全体最適は、到達する姿というより、今日の判断の仕方です。この記事へのご質問やご感想は、お問い合わせからお寄せください。

