執筆:前井宏之(トモニゲート株式会社 代表)
幹部が育たない理由は、任せ方が足りないからというより、判断の理由が幹部に伝わっていないからです。幹部は、権限を与えられて育つというより、判断の理由を理解して育ちます。
役職を与え、決裁の範囲を広げても、幹部の手元に届くのは社長が決めた結論と、それを実行する権限だけで、なぜそう決めたかは、与えた権限の中に入っていません。理由を聞かないまま任された幹部は、判断に至った理由を推測して動くことになり、判断は場面ごとにぶれます。権限を与えても育たない、任せたはずの判断が結局自分に戻ってくる、という悩みは、任せ方よりも、幹部に伝えたものの中身から来ています。
私はかつて、経営全体を見て意見できる幹部が10人程度いるグループを率いていましたが、判断の理由まで理解しようとしていた幹部と、結論だけを理解して良しとしていた幹部とで、育ち方に差が出るのを見てきました。その差がどこから来るのか、私の考えをお伝えします。
なぜ、権限を与えても幹部は育たないのか
幹部を育てようとするとき、社長が最初に手を付けるのは権限です。役職を与え、決裁の範囲を広げ、任せる。そこには、任せれば育つ、という考えがあります。私自身、権限や役職を先に与えて幹部を育てようと試みたことがあります。
ただ、権限は、判断の理由を伝えてくれません。役職と決裁の範囲を与えても、幹部の手元に届くのは、社長が決めた結論と、それを実行する権限です。なぜそう決めたかは、与えた権限の中に入っていません。
私の経験でも、権限を先に与えても、結論だけを理解して良しとしていた幹部は、動きはするものの、自分で判断する材料を持っていませんでした。動くことと判断することは別で、判断の材料は、与えた権限の中ではなく、伝えた理由の中にしかありません。フィードバックへの興味も希薄で、育つ速さは遅かったというのが、実際に起きたことです。
任せれば育つ、という言い方が成り立つのは、任せる前に判断の理由が伝わっているときだけです。判断の理由を伝えないまま権限だけを与えると、幹部は「社長ならこう決めるだろう」と推測して動くことになり、その推測は場面ごとに変わります。権限を与えるなという話ではなく、理由と一緒に与える、という話です。
幹部の判断がぶれるのは、本人の資質なのか
結論だけを理解して良しとしていた幹部に起きるのは、判断のぶれです。同じ種類の場面で、ある日はこう決め、別の日は別に決める。本人に一貫性がないというより、判断の基準がないからそうなります。
社長の結論は、その場面の方向性でしかありません。次に少し違う場面が来たとき、その結論は使えず、基準がなければ判断は場面ごとに揺れます。同じ場面が二度来ることは少なく、幹部が向き合うのは、社長が結論を出した場面と少しずつ違う場面です。現場が例外に出会って足を止めるのと同じことが、幹部の判断で起きているのだと私は見ています。
結論だけで良しとするのは、本人の姿勢に見えます。ただ、理由まで理解しようとしていた幹部には、理由を聞ける振り返りの場がありました。姿勢の差は、場があったかどうかの差でもあります。
私が見てきた、結論だけを理解して良しとしていた幹部も、判断基準が分からず、現場での判断がぶれることが多くありました。ぶれる幹部は、判断を社長に戻すか、自分の推測で決めるかのどちらかになります。戻せば社長の手元の判断の数は減らず、推測で決めれば結論が揺れる。どちらも、幹部が悪いというより、理解したものが結論だけだったからです。ぶれを幹部の資質のせいにしてしまうと、直す場所を間違えます。直すのは、結論だけを伝えていた側です。
理由を一度説明すれば、幹部は育つのか
では、判断の理由を一度説明すれば足りるのかというと、私の経験では足りませんでした。理由を理解できるようになった幹部には、共通して振り返る場がありました。
その幹部は、私と共に計画を立てて実行し、私と共に定期的に現状を振り返っていました。振り返りの場で、幹部が下した判断を、私の理由に照らして確かめます。ここはこの理由で合っている、ここは違う理由で決めていた、というやり取りを繰り返す。最初は判断がぶれていた幹部が、この繰り返しの中で次第に理由を理解できるようになり、ぶれが消えていきました。ぶれが消えるとは、理由を理解したということです。
つまり理由は、伝えるものというより、幹部が自分の判断と突き合わせる中で理解するようになるものです。一度の説明で伝わるのは言葉で、判断の基準として身につくのは、自分の判断を理由に照らした回数の分だけです。伝えるのは理由、育てるのは場、という言い方をしています。
振り返りの場で確かめているのは、判断の正否というより、私の理由からどれだけずれていたか、です。判断が正しかったかどうかは、幹部自身の経験からは確かめようがありません。ただ、社長の理由に照らして確かめることは、幹部に基準を与えます。基準ができれば、次に少し違う場面が来ても、幹部は同じ理由で判断できるようになります。
理由を説明すると、幹部は自分で考えなくなるのか
幹部は場数と権限で育つ、いちいち理由を説明するのは甘やかしで、自分で考えなくなる、という声を聞きます。場数は要ります。ただ、場数が効くのは、踏んだ場数の判断を照らす基準があるときだけです。基準のない場数はぶれを繰り返すだけで、回数を重ねてもぶれは減りません。私が見てきた、結論だけを理解して良しとしていた幹部は、場数を踏んでもぶれ続けました。場数を積ませる前に、その場数を照らす理由を伝えておく、という順序です。
自分で考えなくなる、については逆です。理由を伝えないと、幹部は社長の結論を推測することに頭を使い、自分で考える材料を持てません。理由を伝えると、幹部は同じ理由で自分の場面を判断できるようになります。考えるのはそこからです。理由を知ることは従うこととは別で、沿うか外すかを選べる状態になることです。
外部のパートナーにも、同じことが起きるのか
理由を理解して育つのは、雇用している幹部に限りません。私はいま、外部のパートナーと仕事をしています。理由や背景を伝えなければ、パートナーは自己判断ができず、動きが遅くなります。背景を伝えると納得が生まれ、腹落ちしやすくなる。そして理由を聞くうちに、どのように判断すればよいか、基準が少しずつ明確になり、外部のパートナーであっても自走し始めます。私はそれを、日々実感しています。理由を伝えるのは手間に見えますが、伝えなかった分は、動きの遅さと、社長に戻ってくる判断の数になって、後から返ってきます。
育つかどうかを決めているのは、雇用関係や役職よりも、理由を理解しているかどうかだと私は考えています。社員であっても結論の理解だけなら育たず、外部のパートナーであっても理由が理解できれば自走します。目標は伝わるが背景と目的は伝わらない、と言われるその背景と目的こそが、幹部を育てる材料そのものです。
社長は、明日から何をすればよいのか
まず、次に幹部へ結論を伝えるとき、なぜそう決めたかを一緒に伝えてみてはどうでしょうか。結論だけを伝えて任せるのをやめる、それが最初の一歩です。
次に、幹部が自分で下した判断を、その理由に照らして一緒に振り返る場を、定期的に持ってはどうでしょうか。そこで確かめるのは、判断が正しかったかよりも、あなたの理由からどれだけずれていたかです。合っていたところと、違う理由で決めていたところを、言葉にして返す。正しかったかを採点するというより、どの理由で決めたかを聞き、自分の理由と並べます。この繰り返しの分だけ、幹部は理由を理解できるようになります。
理由を理解した幹部は、社長がいない場面でも同じ理由で判断できます。社長に戻される判断が減り、同じ人数のまま、社長の手元から出ていく判断が増える。見るべきつながりは掛け算で増え、幹部は足し算でしか増えませんが、一人あたりが処理できる判断の量が変わることで、掛け算の複雑さに追いつき始めます。社長の判断基準を、社長を通さずに引き出せる状態が、幹部一人の中にできること。幹部が育つとは、そういうことではないでしょうか。
幹部は、判断の理由を理解して育つ。この記事へのご質問やご感想は、お問い合わせからお寄せください。

